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「苦しみにあう時」*ローマ8章18〜25節

更新日:2022年7月4日




礼拝はローマ人への手紙8章18節から25節、「栄光の望み」と題してメッセージ。

 

 ❶今の苦難はやがて与えられる栄光とは比べものにはならない。

 私たちは、苦しみに会う時、ああ!ばちに当たったと過去の過ちを、もう一つの天秤に置くことがあります。しかし主は、苦しみと、その対する天秤のお皿には、栄光の望みが置かれているのであって、神のみわざがそこに現れるために苦しみがあるのだと言われています。

 コンサートが始まるときに、会場がアナウンスとともに一度真っ暗にされます。それから幕が開き、眩しいスポットライトが当てられ公演が始まっていきます。同じように、私たちの

死はとても怖いもの、暗いもの、未知の世界であり、喋れず、動かず、意思さえもストップしてしまうようなものでありますが、しかし、その次の瞬間には、見たこともないような神の栄光、とてもまばゆいであろう光の世界、光の根源であられる神様のところに開かれてゆくのです。一瞬暗かったけれども、パッと明るくカーテンが開かれていくようにまばゆいところに導かれていく、なんと幸いなことでしょうか。

 

 また、神の栄光はこれから作るのではなく、もう、すでに用意され、備えられているということ。「第二コリント4章17節。今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測りしれない、重い永遠の栄光をもたらすからです。」

私たちは目の前の患難に心塞ぎ、否定的に決めつけてしまうような弱いものですが、しかし、これは、後の栄光に比べればちょっとしたことであると、人にはできないことも、神にはできるというみことばのような信仰を働かせていきたいです。


❷救いの回復は、全被造物の回復である。

22節「被造物のすべては、今に至るまで、ともにうめき、ともに産みの苦しみをしています。・・・」創世記3章に、アダムとエバが罪を犯した後、「大地はあなたのゆえに呪われる」と書かれています。

この春夏秋冬、美しい大地を見て、またそこからの実りを得て、素晴らしい世界なのに、「呪われている」とは・・。と思うかもしれません。

しかし、ある先生が言われた言葉「一見、何もなさそうなこの世界にいかに過酷な生存競争があるか、知っていますか?」はとても心に突き刺さります。この世界はエデンの園を追われて以来、弱肉強食となり、それは動物だけでなく、人間の世界にでもいえることなのではないでしょうか。エデンの園を追われてから「この地は呪われる」ことになり、神様のシステムが変わったのです。しかし、神様がもう1度この、崩されたシステムを改められるといわれていることは、大きな希望であることを教えられました。

 

 「新天新地」その世界がどんな世界か。聖書にはたくさん示されていますが、

そのひとつに、イザヤ書11章1節から9節のみことばがあります。

「狼は子羊とともに眠り、豹はこやぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜がともにいて、小さな子どもがこれを追っていく・・雌牛と熊は草をはみ、獅子も牛のように藁を食う。乳飲み子は、コブラの穴の上で、戯れ、乳離れした子は、まむしの巣に手を伸ばす。。」なんという光景でしょうか。神の栄光の世界が共生共存の平和な世界であることが

書かれています。主にあって救われた者は、新天新地において、このような平和のうちにこの世界を治める。素晴らしい希望です。

 

 この地球は、私たちの手では元に戻せない。生きることができなくなるように壊されています。しかし、新天新地において、「あー天国に行けてよかったね!」でなく、この世界が丸ごと、まるっきり変わっていく。私たちは、主に救われているものとして、どう生きるかが問われているのだと、改めて、考えさせられました。


❸望みを持って歩みましょう。

私たちは、救われてもなお、弱い、罪を犯してしまう情けない存在です。しかし、信じる私たちには、聖霊なる神がうちに与えられ、それはやがて栄光に預かる保証として与えられて

いることを覚えたいと思います。保証とは、婚約指輪のようなもの。結納、商売で言えば手付金のようなものです。やがて神の栄光に入れられていく保証として聖霊が与えられていることを覚えつつ、望みのうちに歩んでいくこと。

 

  私たちは、走る時に前を向いて走ります。後ろを向いて走っていては全力で走れないからです。神が望み・栄光を見させてくださり、保証の聖霊様を与えてくださっているなら、私たちは、前を向いて走っていくべきであることを教えられました!ああ、尊い主のみことばに心から感謝!


礼拝の前には、土曜日に韓国において、日本のために無観客ライブを開いてくださったオンギジャンイのコンサートを見ました。美しい賛美。昨年ここにきてくださってからもう1年も経つのですね。大変なコロナ禍の中でも、マスクをして歌ってくださるその姿を画面を通して見ながら、美しい優しい歌声に心慰められるひとときでした。



「わたしを重んじるものをわたしは重んじ、わたしを蔑む者は軽んじられるからだ。」第一サムエル記2章30節 聖書

今週も主を尊び、備えられた礼拝と祈祷会。祝福を受けていきますように。



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