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「コロナの苦しみの時にも」*詩篇91*嶋田主事

更新日:2023年1月25日


みかんがあちらこちらで実っています。植物の美しい姿に心励まされます。

講壇は前橋より聖書同盟総主事であられます嶋田博考先生がとりついでくださいました。

「疫病の中の主の救い」と題して詩篇91篇より


❶信仰者の主への信頼

1節〜2節において、信仰の表明が記されています。

「いと高き方の隠れ場に住む者 その人は 全能者の陰に宿る」

「私は主に申しあげよう。『私の避け所。私の砦 私が信頼する私の神』と。」


この「隠れ場」と「全能者の陰」という言葉は「御翼の陰」という言葉が省略されており、

4節にあるように、主はまるで親鳥のように、雛鳥の私たちをその御翼の陰にかくまい、温かくおおって守ってくださるお方なのだと語られました。

3節に出てくる狩人という言葉があります。

狩人は遊びで鳥を獲ろうとするのではない。生活がかかっているため、ありとあらゆる知恵を尽くして技術をもって挑んでくる。狩人は鳥のことを熟知しているのです。


私たちに敵対する者も、あらゆる罠を仕掛け、矢を向け狙いを定めて私たちに襲い掛かろうとする。

しかし、そのような巧みな攻撃であったとしても、神様の御翼は完全であり、私たちはそこに避難する時に必ず守られるということ。それがどんなに避け難い罠であったとしても、主は信仰者を救い出されるということ。


4節には「主の真実は大盾。また砦」とあります。完全な主の守り、安全が与えられているということ。


❷苦しみの時に・・・

15節に「彼がわたしを呼び求めれば、わたしは彼に応える。わたしは苦しみの時に、彼と共にいて 彼を救い 彼に誉れを与える。」とあります。


第二歴代誌20章9節が開かれました。

南ユダ王国のヨシャパテ王が民を代表して祈った言葉です。

「もし、裁きの剣、疫病、飢饉などのわざわいが私たちを襲うなら、私たちはこの宮の前、あなたの御前に立ちます。あなたの御名がこの宮にあるからです。そして、私たちは苦難の中から、あなたに叫びます。あなたは聞いて、お救いくださいます」

この「苦難の中から」という言葉と、「苦しみの時に」という言葉は同じ言葉が使われているのだと語られました。」


神の民が痛み、生活の困難や、家族を失う苦しみ、コロナや病の苦しみ・・・そのような困難にある時、神様は「共にいてくださる」ことを保証してくださる。

苦しみの時こそ共にいてくださる神様を知っていることの恵み・・・・。


さらに、16節にはこのようにあります。

「わたしは、彼をとこしえのいのちで満ちたらせ わたしの救いを彼に見せる。」

神様はここで

「わたしのイエスを彼に会わせる。平安の内に永遠のいのちを生きることができる」と言われているのだと語られました。


❸神の主権


主の守りと救いをうたう詩篇ですが、主が「どのように」守られるかは、神の主権によるのだと語られました。

3節では信仰者を鳥にたとえ、それを捕らえようとする罠について書かれていますが、

罠にかからないように主が守ってくださるのか、

あるいは罠にかかったところから助け出されるのか、

それは主の主権によるのだと。


7節、10節には「近づかない」という言葉が記されています。

10節の「天幕」という言葉は信仰者の生活全般を表しており、主の守りがあるということ。


5〜6節には「あなたは恐れない」とあります。

危険が及んでも、恐れない心が与えられるのだ、と。

詩篇112篇7節が開かれました。

「その人は悪い知らせを恐れず、主に信頼して心は揺るがない。」

それは、初めの1〜2節の言葉

「いと高き方の隠ればに住む者、その人は全能者の陰に宿る」にかかってきます。


出エジプト記においてイスラエルの民が不思議な主の完全なる御手によって守られたように信仰者をどのように守られるかは主の主権にあり、その主は

「わたしは彼をとこしえのいのちで満ちたらせ、わたしの救いを彼に見せる」

そのように言われるのです。


完全な主の守りに信頼して、今週のあゆみを導かれたいと思います。

感謝しつつ。


「主はご自分の羽であなたをおおい あなたは その翼の下に身を避ける。」詩篇91篇4節





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