• nycc-jesus

「飼葉桶」*クリスマス礼拝式*ルカ2章1〜7節

更新日:2月15日


クリスマスおめでとうございます。

主イエス様の御降誕を愛する兄弟姉妹と共に御前に出て拝し感謝し、また初めて教会に来られた方々を迎え共に過ごすことができた幸いな一日でした。


みことばは「月が満ちて」と題してルカ書より。

福音書においてイエス様の生涯が4人の記者によって書かれています。彼らは、神に選ばれ神の霊感によってこの書を記しましたが、それは彼らの個性を無視して、ロボットのように神様に書かされたのではありません。当時あったであろうと言われている共通の資料を参考にしつつも、それぞれが導きによって記し文書としてまとめていったのではないかと語られました。

❶皇帝アウグストゥスと幼子

ルカは、2章1節において、「そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストゥスから出た。」と書き出しています。

これは、今まで、イエス様の誕生の時代設定のためにルカが記していたと、そう語られていたし、思っていました。ところがここに大きな神様の御業の秘密があったことをメッセージを聴いて、知り、心躍りました。


皇帝アウグストゥスとはローマの初代皇帝であり、本名はオクタビアヌスと言います。世界史で耳にした名前です。彼は共和政治の末期の政治家カイザルの養子として育てられ、やがてローマを統一し強大な政治力によって皇帝政治へと変えて行きました。メッセージの中では日本も、戦国時代に信長→秀吉→徳川家康となり、徳川家が150年統治したことを併せて説明されましたが、ローマもかつては3つの権力が治めその間常に戦いがあり、人々の生活は安定せず、苦しみの中にあったけれども、このアウグストゥス皇帝の治世によって平和が訪れ、「ローマの平和の到来(パクス・ロマーナ)」と呼ばれる時代がきて、人々はこの皇帝を言われるままに「神」と拝したのでした。


人々は戦争を終わらせてくれた皇帝を「救い主」と呼び感謝し、またローマの統治下にある人々も、この皇帝を「神」として礼拝することを強制されたのです。

皇帝は、単なる税金集めのためでなく、この絶大な権力の誇示のために、住民登録の勅令を出しました。


身重になったマリアが夫ヨセフと共に、住んでいたナザレからヨセフの戸籍のあるベツレヘムまで遠い距離を旅してゆかなければならなかったこと。


臨月を迎えるマリアにとって、多分ロバに乗って旅したであろうその道は困難で辛い旅であったことでしょう。なぜ、マリアが身重になった後に、住民登録の勅令など出たのでしょうか。しかもなぜベツレヘムまで?

これはまるで、本当の救い主が、偽りの救い主に従ったのではと思えるような事態です。


ところがここに大きな神様の働き・みことばの成就がなされていることに心躍ります。

ミカ書5章2節においての預言。

「ベツレヘム・エフラテよ、あなたはユダの氏族の中で、あまりにも小さい。

だが、あなたからわたしのために、イスラエルを治める者が出る。その出現は永遠の昔から定まっている。」

つまり、いよいよ生まれる、という時にベツレヘムに行ったのはこのみことばの成就のためであり、住民登録がなければヨセフとマリアの住んでいたナザレの町で出産することになったのです。

遠くて、妊婦を抱えるこの旅は大きな負担がかかる命懸けの旅でした。

しかし、この人間の王であった皇帝アウグストゥスに働きかけて命令を出させたのは、実に神であり、

救い主イエス様がナザレでなく、ベツレヘムに生まれるように確実に導かれたのは神様であったのです。


私たち人間は時に支配され、がんじがらめに縛られている存在です。

しかし、神様は時を支配し、神ご自身が「この時」と思われる時に、自由自在に事を起こし、動かされるお方なのです。

「神のなさることは全て時にかなって美しい」と伝道者の書に書かれていますが、

まさにアウグストゥスの勅令は、突然に起こってイエス様が翻弄されたのでなく、綿密な確かな神様のご計画による事なのでした。


ヨセフとマリアはこの皇帝の勅令に従わねばならない庶民の夫婦であり、貧しい底辺にいた夫婦です。こんな夫婦の元で育っても、何の権威も持つことはできない。イエス様は人生のスタートからして人がイメージする王ではなく、へりくだって生まれてきてくださった。

皇帝は力を持って世界を支配し「ローマ皇帝こそ神だ」と権力を誇り人々を額ずかせた。

しかし真の救い主イエス様は、その皇帝と肩を並べて勝利を叫び人々を額ずかせたのではなく、誰もが近づき自分をさらけ出すことができるように低く低く生まれてきてくださった王なのでした。


❷人々は救い主をどのように受け止めたか

降誕劇の舞台は馬小屋とよく言われます。それは7節の生まれたばかりのイエス様が布に包まれて飼葉桶に寝かされたと記されていることから、飼い葉桶があるのは家畜小屋と想像するからです。


当時のベツレヘムは非常に寂れた町であったことが考古学からもわかっています。宿などほとんどなく、少し大きな家がありその敷地の中に家畜を飼っておくスペースがあったのではないか。そして、ヨセフが出生地であるベツレヘムに帰ってきた時に、旅人をもてなす習慣によって人々はそこに泊めてもらったけれども、出産を迎えるマリアにはその場所もなく、それでは、そこの家畜のいるスペースに・・とそこでイエス様を出産したのではないだろうか。そう語られました。

 以前にそれは、穴ぐらのようなところで、飼い葉桶も写真のような木でなく、石の上部が凹んでいるようなところに藁を敷いてあったものをみたことがあります。

本当に貧しく隅の隅に、生まれてきてくださったんだなとみことばを聴きながら心が突き刺さるようでした。

 今でもこのような出産は考えられません。決して昔だからというのでなく、貧しさの極みに生まれてくださったのだなと思いました。

 聖書の4福音書は共通してイエス様の御降誕を人間が受け入れず拒絶した姿を描きます。

マタイはヘロデ王がイエス様の命を追いかけこの救い主、真の王を否む姿を

ヨハネも、御自分の国に来たのに、世は受け入れなかったと記すのです。


救い主の誕生に対しての人々の反応は、キリストをのけものにし、場所を与えることを拒み、飼い葉桶に追いやる姿であり、このイエス様がやがて、罪人がかけられる十字架に

全ての人の罪を背負ってかけられ死んでくださったのです。


そして、この飼い葉桶は、御使いが、羊飼いにキリストの降誕を告知した「しるし」であり、ルカはメッセージをこの「飼い葉桶」に託しているのだろうと語られました。


自分の居場所を持てない者のために、ご自身を極限の貧しさに置いて下さった。

このクリスマスの季節。賑やかな街、わいわいと盛り上がる街のなかで、孤独を感じ、

追い詰められ、自殺をする人々が多いと言われています。

しかし、神様は、人をよくご存知で、生きる価値、生きる証すらないと思う寂しさの極限にある人々のところに降りてきてくださった。

どんな苦しさ、寂しさの中にある人も、このイエス様にはわかっていただける。イエスさまのところにこそ、全ての人の本当の安らぎ最高の平安・幸せがあるのだとこのクリスマスのひととき覚えたいです。


❸月満ちて

2章6節にあるこの「月満ちて」という言葉は、受動的な言葉で「満たされて」と訳されている言葉です。

 新訳ではこの言葉が24回使われ、うち22回がルカ書に、その内8回がこのイエス様の御降誕に用いられているのだと語られました。

 つまり、単に「赤ちゃんが生まれた」のではなく、マリアの胎の中にあった神の子キリストは、神がこの時と決められた時に、「生」をスタートされ、誕生したのだとルカが語っているのだということです。


イエスさまの誕生は新しい時代のスタートでした。神様はアウグストゥスによっては本当の平和は訪れないこと、真の救い主である飼い葉桶に遣わされたイエス様でなければ本当の平和はもたらされないこと。


この世が求めるのは、権力とそのための富、そしてそのための知力です。

しかしそれは続かない。真の救い主にこそ、本当の力、平和があるのだと。

今の時代もまさにその通りです。


私たちはこのイエス様を拒絶するのか。心の王座に迎え、主に従う道を選ぶのか。

深い神様の知恵と愛と御業によるクリスマスをいま一度思い、ただただ感謝する礼拝式となりました。


礼拝後にお母さんと一緒にお家で用意してきてくれたプレゼントを、教会の方々に「はいどうぞ!」とプレゼントしていた小さいお姉ちゃん。受け取った人たちも思わず笑顔が溢れます。クリスマスはイエス様というプレゼントを与えてくださった神様を思いつつ、「与える」喜びを体験する時ですね。こうやって与える喜びを体験してゆくことは大きいです。そしてその小さいちゃんをいつもさりげなくさっと手を引いてあげているヒーローくんの優しい後ろ姿。こどもクリスマス会を楽しみにスタッフ一人一人の笑顔を想像しながらリースブローチを作ってくれた中学生のお友達。他にもたくさん愛のプレゼント、神様への感謝があり教会ってあったかいね!と心温まるひとときでした。


午後からの子どものためのクリスマス会。今年はコロナ禍にあり自粛のためご案内は地域の近いところに限定して200部のチラシのみをポストへ入れさせて頂きました。よって、普段教会に連なっているお友達と近所のお友達でほっこり楽しい会となりました。🎄


手作りの人形による静かな降誕劇と、楽しいゲーム、ビンゴ大会。感染対策をとりつつ、1時間内で行いましたが、大笑いの楽しいワクワクいっぱいのひとときでした!祝福に感謝❣️


クリスマス会・礼拝式を終え、ツリーやNativity setを皆で簡単に片付け大掃除タイム。

しかし、後で気づくと、ぽつんと・・・


飼い葉桶だけがしまい忘れられて、置かれていました・・・。

こんなちっぽけな飼い葉桶に生まれてくださったんだ・・・と改めて思いながら・・・

まだクリスマスまで数日ありますので、せっかくですのでしばらく置いてあってもいいかな・・・とそのままに・・・。😌


「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。ルカ2章12節」    聖書

閲覧数:89回0件のコメント

最新記事

すべて表示