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心を一つに*使徒1章(祈祷会)

気持ちの良い天候の一日❣️祈祷会メッセージは箴言を31章まで終え、今週新たに使徒1章より講解メッセージとなります。

祈祷会は、アドバンスコースであると語られました。このみことばの養いを通して新たな出発❣️楽しみです。



使徒の著者はルカです。ルカは福音書を通してイエス様の生涯を記し、その続編としてこの使徒の働きを書き、弟子たちの活躍を記しました。

神様が創られたこの世界に罪が入り、罪の支配にあるこの世に対し、「神の国は始まった」と残された弟子たちを通して神の国の御業がスタートしたのです。

使徒の1〜7章には、神の国の支配がエルサレムを中心としてイスラエル全体にまで広げられていった様子が書かれています。


❶前半(3節〜11節)

イエス様が十字架に架けられた時、恐れ隠れていた弟子たちが、死をも恐れず殉教をするほど勇敢な証人として180度変えられていったように、私たちもまたダイナミックな伝道を学び、変えられてゆくべきこと。

なぜ彼らは、それほどまでに変えられたか。


1・それは彼らがイエスのよみがえりを心から信じたから。


イエス様は、よみがえられた後、何度も弟子たちに現れてくださいました。現れてパッと消えてしまわれたのではなく、40日間にわたり、弟子たちとともに過ごしてくださり、神の国のことを語られた(3節)と書かれています。

このことをある先生は「イエスさまによる弟子たちのための神学校だ」と言われました。


中国において、北京オリンピック前まではキリスト教に対して非常に厳しい弾圧がありました。オリンピック後に少し緩和され、その時にリバイバルが起こり信仰者が多くなりましたが、中国のクリスチャンが異端化していったことが問題となりました。それはキリストの福音を聞き受け入れたものの、教えられることが乏しく、教理的に弱かったということが理由として挙げられます。


使徒たちが、なぜ殉教を覚悟してまでも、進むことができたか。それは「ここに真理があると確信できたから」です。よみがえられたイエス様と過ごし、イエス様から直接教えられ、彼らの信仰の基礎・土台がしっかりと据えられた、それこそが彼らの進む上での大きな原動力になったことを思います。


2・それは、彼らが聖霊を求めたから。


ヨハネの福音書16章7節においてイエス様がこう言われています。

「しかし、わたしは真実を言います。わたしが去っていくことは、あなた方の益になるのです。去っていかなければ、あなた方のところに助け主はおいでになりません。でも、行けば、わたしはあなたがたのところに助け主を遣わします。」


弟子たちはこのイエス様のお言葉を信じ心を一つにして、共に集まり祈っていました。

14節「彼らは皆、女たちとイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、いつも心を一つにして祈っていた。」

イエス様が天に上げられたあと、集まって彼らは何を祈っていたか。

それは、御霊パラクレイトスが与えられるようにと祈っていたのです。


「求めなさい。そうすれば、与えられます。」のみことばは、救いのみでなく、キリストの御名によって求めることをイエス様が許してくださったこと。そして弟子たちが「わたしの名によって求めるならば」と言われる主に求めてゆくときに、実際に与えられ、福音を宣べ伝えるようにされていったこと。


私たちもまた迷って祈るのでなく、信じて確信して祈ってゆく、先取りして与えられてゆくことを感謝してゆく、そしてそれが実際に与えられてゆく、そういうことを経験してゆく豊かな信仰を持って歩みを導かれたいと示されます。


3・それは彼らがイエス様の再臨を待ち望んだから。


11節で天に上るイエス様を見上げている彼らに、御使いが言います。

「どうして天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上っていくのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになります。」


弟子たちは、それを聞いて信じました。再びイエス様が来られる時が来る!イエス様が評価される時が来る!と。

イエス様のたとえで、タラントのお話があります。

その中で、怠け者のしもべは主人に叱られます。

この地上の生涯で、主を知らずに生きてきたことの歩みを悔い改め、神に出会い、神の望まれる歩みをする時に、主がそれを喜ばれ、後の日にしっかりと評価してくださる。この希望をしっかりと告白し、信じて歩むということ。


またその良き知らせを伝える「伝道」とは、その言葉に酔いしれてしまうのでない。有名であったり何か目立つものを持っていたりする誰かにホームランバッターとなり、打ってもらうことではない。他の誰かに委ねるのでなく、一人一人が自分に与えられた魂を追ってゆくこと。イベントをやるから「伝道している」というのではなく、具体的に実を結んでいるときに初めて「伝道」なのだということ。


使徒たち120人が用いられ、整えられていった3つのこのことを改めて覚えていきたいと思います。


❷後半(12〜26節)


イスカリオテのユダが主を裏切り自ら命を断ち、弟子たちはその欠けた一人を選ぶことになりました。120人の中からたった一人を選びだすというのはどんなに大変なことだったでしょうか。

どのように彼らが選んで行ったか。これは教会の役員を選ぶ際に大切な条件とも言えます。

1・皆と心を合わせて祈る者であること。

 この時に、120人の人が一つになって集まっていたと書かれています。(15節)

 祈れていない人と心を合わせることほど難しいことはありません。役員を選出する際に、祈祷会を大切にする、皆と心を合わせて一つとなり主に祈ることを大切にする人が求められることは必然的なことであると言えます。教会が成長してゆくために人集めのためにイベントを!伝道を!というのは本末転倒であり、まず主に熱心に共に祈る。祈り、祈り会が大きな土台であることを覚えたいと思います。

2・弟子たちと共に行動した人。

3・神に選ばれた者。


前半と後半に分け、弟子たちの信仰の確信、祈り、選びについて学びました。

週の後半も主が祝福し守られますように。


そこら中で薔薇が綺麗です。。。


「しかし聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」

                        使徒の働き1章8節  聖書



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