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主を恐れること。それは「祝福の泉」

最終更新: 1月11日


祈祷会のみことばは箴言14章より

 特に1節、26節、27節にスポットを当てて、メッセージが語られました。


🟢26節「力ある拠り所は主を恐れることにあり、それは主の子らへの避け所となる。」

 

「主を恐れる」とは、新訳の言葉で言い換えると「敬虔」と同じ意味を持つ言葉であり、主・力ある拠り所(27節)・信頼すべき方に身を寄せていくことは、祝福の泉となり、本当の意味で私たちは力を得ることになります。

 

 エペソ5章21節には「キリストを恐れて、互いに従い合いなさい。」とパウロが夫婦に語っている箇所があります。神様の創られた秩序のなかで、キリストを恐れ、夫は妻を愛し、妻は夫に従うということは幸せへの道であり、互いに祈り、従い、相談しながら神の御心を求めてゆくことは、家庭教育においても大切なことであることを学びました。

 

 🟢1節「知恵のある女は家を建て、愚かな女は自分の手でこれを壊す。」

 人生における大きいものから日々の詳細に至るまでの決断や選択について。

 私たちが、賢く聞き、また判断することの重要性についても考えさせられました。


 第一列王記12章に、ソロモンの治世の後、息子レハブアムが王となりましたが、彼のところへ、ソロモン王からエジプトに逃亡していたヤロブアムがやってきた場面があります。ヤロブアムはソロモン王が存命中彼に負わせたくびきを軽くしてくれと息子レハブアムに頼みます。レハブアムは、この時、どうしたものか考えました。そして助言を求めます。

 

 知恵のある長老たちの助言は、ヤロブアムが願い出てきたように、重荷を軽くしてやり親切にしてあげたら良いでしょうという賢い忠言。

それに反して、レハブアムが自分とともに育ち自分に仕えている者たちの助言は、ヤロブアムにもっと重いくびきを負わせ懲らしめたら良いという意見でした。


レハブアムは、なんと後者の浅はかな助言を聞き入れ、その通りに成すことにより、イスラエルは二分されてしまいました。彼の王位も剥奪され、愚かな選択をしたことになりました。

 

 27節に「主を恐れることはいのちの泉。死の罠から離れさせる。」とあります。

私たちが、生かされていく中で、様々な決断を迫られることが多々あります。ここでいう知恵の女と愚かな女の声があります。

悩みの中にあっても、主を恐れ、主を拠り所として、主に聞き、祈るということが私たちには求められており、そこにいのちの泉が湧き、正しい判断・決断が与えられ、結果的に敵による破壊からも守られていきます。


週の後半も、主から目を離さず、主を恐れ、必ず助けを与えてくださることを期待し求め続けていきたいと思います。



いのちに至る叱責を聞く耳は、知恵のある者の間に宿る。箴言15章31節 聖書

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