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見張り人の使命*ダニエル書9章1〜19節油井義昭師



今年も暑い熱い夏が二宮にやってきました!待望のクワカブ大会ではたくさんのカブトムシくんたちの闘いが繰り広げられ、参加したお友達には、幼虫の形の思わずのけぞってしまうお菓子のサプライズあり😂サマーキャンプBBQ大会では大自然の中に身を浸し神様が造られた素晴らしい自然を満喫して❣️子どもたちも心身ともにグッと成長したことでしょう!大人たちにとっても良きリフレッシュの時となりました。毎日さまざまなことがあり、心疲れることも多々あります。しかし、ひとたび神様の御手による被造物に身を置くときに大きな慰めを受け、神様の細きみ声に背中押され、力をいただいて再出発を与えられる恵みに預かる。生きて強く働かれる神様の養いに心から感謝します。


さて本日は終戦記念礼拝でした。長津田みなみキリスト教会の協力牧師であられる油井義昭先生を講壇にお招きし、みことばを取り次いでいただきました。


1945年8月15日。日本は敗北と共に終戦を迎え、78年が経ちました。

油井先生は東京都荒川区に1942年にお生まれになりました。産声をあげた台東区の病院の上空を空母ホーネットから爆弾が飛び、やがてそれが尾久や早稲田、四谷そして名古屋に爆弾が落とされた、そんな中を通られたということです。

1942年日本キリスト教教団に合併されていたホーリネス教会の中の目黒区にある聖教会に先生のご両親は属されていましたが教会弾圧の後、解散を命じられたそうです。

クリスチャンホームに生まれつつもそれを知らずに過ごされたとのことでした。

1944年先生はお母様の実家のある青森に疎開されました。そして1945年3歳のときに終戦を迎えました。このような中を通り、この戦争がなぜ起きたのか。なんでこのような敗け方をしたのか。学校で教わることには曖昧で限界があり、知りたい思い一心で多くの映画をみたり、本を読みあさり、今日に至るとお話されました。

1995年日本福音キリスト教会連合は全国総会にて「第二次敗戦における日本の教会の罪責に関する私たちの悔い改め」というものを出しました。日本とアジアと世界諸国、国と教会に対して日本の教会の悔い改めを出したのです。これを読むときにどのようなことが戦争で行われたかを見ることができるとのこと。理解するために、このような文書を今一度読むことをおすすめする、と語られました。


❶ダニエルがエレミヤの預言によって捕囚の期間が70年であることを知る(1〜2節)


1節でメディア族のクセルクセスの子ダレイオスという名称が出てきます。これは個人の名前ではなく、このクセルクセスはペルシャのアクメネス王朝の称号であったのではと理解することが有力であるとイギリスのD.J.ワイズマン博士も言われており、エズラ記に出てくるキュロス王のことではないかとのことです。


この年は、バビロニアが滅びペルシャ帝国が始まった年であり、捕囚の民として連れてこられたダニエルはペルシャの要職につきつつ、聖書を研究し、毎日祈りとみことばを読みながら神様を礼拝していたことが語られました。このようなダニエルの姿から私たちが学ぶことは、聖書を日々読み、そして祈るということです。聖書のみことばと祈りは信仰生活に密接に関わり、キリスト者の霊のいのちに欠くべからざることであり「祈るだけで読まなければ神の御旨を知る方法がなく、聖書を読むだけで祈らないならばそれは神の御心を知りながらも行わないということであるのだ」と語られました。


そしてこの箇所で、この年歴史意識をもったダニエルが、この祈りを捧げていることをみます。ここからも、キリスト者である私たちが自分がどのような時代に生きているのか「しっかりと歴史意識を持つかが使命であり非常に重要なことなのだ」と語られました。

右手には聖書、左手には新聞(ニュース)を!持ってしっかりと今立っている場所をとらえておくということは非常に重要なのだと。🤨


❷ダニエルの国民的悔い改め(3〜19節)


2節にはダニエルがこの情報をエレミヤ書の預言書から得て、捕囚が70年であることで、捕囚が終わることに気づき、悟り、国民的悔い改めに導かれたのでした。

日本はというと、それは敗戦の後ほとんど見られなかったと語られました。

今から50数年前にアズベリーでリバイバルがありました。

リバイバルとは聖霊の圧倒的臨在におけるクリスチャンの罪の悔い改めのことだと語られました。そしてこの渦中に先生はおられたそうです。

先生とフィリピン人のカルマ先生という方がアメリカの教会に呼ばれ200数名の人々の前で証をされる機会があったそうです。その日までカルマ先生は油井先生が挨拶しても、挨拶をしてくれなかったそうですが、その壇上で、日本の兵がフィリピンや他の国々において加害行為をしたことを悔い改めたい、赦されたいと油井先生が証をされたときに、そこにいたフィリピン人のカルマ先生が真っ先に講壇に上がってきて先生をハッグし「私たちは日本人が行なってきた罪を赦します」と言ってくださり会場が温かい拍手で包まれたとのことでした。日本軍はフィリピンにおいても多大な加害行為虐待行為を繰り返し、当事111万人のフィリピンの国民が殺されたのでした。それは実にフィリピンの国民の10分の1の人数であったとのことです。連合国の捕虜に対する虐待・フィリピンの国々に対する加害行為の悔い改めを油井先生が口にしたときに、そこに赦しが与えられたのでした。


ダニエルは4節から主に祈りを捧げていますが、その中で、自国の敗戦について神の裁きを見ていることがわかります。神の民が捕囚の民となってしまったこと。それは、民の罪によることであり、このように迫害虐待された側にも神の前に罪があったのだということ。

彼は一人称単数ではない、一人称複数という形で「私たちは不義を行なった」と主の前に悔い改め告白を続けるのです。神の臨在に触れるときに、人はどうなるか。人はへりくだるのだと、神の聖さの前にひたすらに己の罪深さを知るのだと、語られました。それが悔い改めの姿である、と。イスラエルの民に神がなさったように、この世の教会に対しても神は同じように立ち向かわれるのだとそのようにも語られました。

イザヤ6章5節で、神の前に立たされたイザヤは深くへりくだり、そして「ああ、私は滅んでしまう」と告白しています。神の前に私たちキリスト者は謙り必死になって国のために、世界のために悔い改めをしていくべきことを示されました。


今ハワイにおいてもマウイ島で大きな山火事が起こり、多くの犠牲者が出ています。またギリシャやカナダにおいても、アメリカにおいても起こっている。世界中がさまざまな自然災害において苦しみを負っているのです。私たちキリスト者が聖書に本気で生きるときに、この神の造られた被造物である世界に大きな関心を持ちそのために祈っていくことの大切さを覚えさせられました。


ダニエルの悔い改めと告白は11節もその後も続きます。そして16節からイスラエルの回復を祈り、神の前に罪の告白の後に憐れみがあることを感謝するのです。

ここで「教会こそ国の良心であるべきなのだ」と語られました。

個人の罪はもっともです。しかし、私たちキリスト者が忘れてしまうこと。それは団体の罪です。国・社会・世界の問題に疎いと構造上のグループ、同族の罪について良心的な痛みを感じることができない。ダニエルがここで国民全体のために必死に祈りを捧げているように私たちキリスト者も、そうあるべきなのだと語られました。

それが教会の任務である、とも。


1945年ドイツの福音主義教会・告白教会の人々は敗戦と同時に全世界に向けて「シュトゥットガルト罪責宣言」というものを出したことが紹介されました。

その中にはドイツの戦争犯罪を悔い改め「我々全員が過去を引き受け過去に対する責任を負わされている」と記され、被害者への悔い改めと同時にそのような過去に目を閉ざしてはならないことを深く告白しているのです。

日本でも1945年敗戦時に「一億総懺悔(そうざんげ)」なるものが説かれました。ところがこちらは意味が違ったのだと語られました。天皇の前に当時、民は「臣民」と呼ばれ、人権がなかったのです(今は「ん」がとれて「市民」だと言われていました。💦)これを説いた当時の首相のこの言葉の意味は「臣民は天皇に全力を尽くしきれなかったので敗戦した。あなたさま天皇に申し訳ありません」ということであり諸外国への国の悔い改めでなかったということで本当に残念であることが語られました。


日本においては、情報として日本がアジアの2千万もの人々を殺害し、残虐な行為をしたことがほとんど語られることがないのだとそのように語られました。

日本が受けた被害に関しては多くが情報として流されます。またアウシュビッツなど、自国の非難を受けるような心配がないことに関しては頻繁にテレビでも放映されます。

しかし、日本が実際に海外において行なってきた加害行為に関してはほとんど語られることもなく、戦争の後で生まれた私たち日本人は知ることもありません。

(個人的なことですが、少し前に学校で子どもが戦争体験者にインタビューしてくるという課題があり、その時に90代の方が淡々と口を開いて語ってくださったこと、またその時にそのかたが語れずに口をつぐまれたこと、戦争について聞くことは非常に大切だと思わされました・・・年々そのような機会が失われていくことは残念ですが・・)

南京における無差別殺人で殺された人々は20万人を超えると言われています。

重労働、慰安・、またフィリピン、ルソン島。米軍捕虜に対する残虐な行為

ビルマ、タイ、マレーシアなどでのイギリスや米国の捕虜、ジャカルタ・カリマンタン・ボルネオ島においての虐殺。

日本軍が何をやってきたのか。私たちは知りません。しかし、現地でも900人以上の人が死刑となるほど、多くの大虐殺を行ってきたことを決して忘れてはならず、悔い改めを持って、国のそして世界の見張り人としての使命を果たし、赦しを乞い、癒しのために祈り続けてゆくことの大切さを改めて知らされたことでした。


「私たちが願いをささげるのは、私たちの正しい行いによるのではなく、あなたの大いなる憐れみによるのです。主よ。聞いてください。主よ。お赦しください。・・・ダニエル書9章18〜19節   聖書」

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