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サムエルの告別説教*第一サムエル記12章より


朝飾られたお花は、こんなに大きなダリア・・・。鮮やかな色に元気をもらいます。

今朝の礼拝は、第一サムエル記12章より「心を尽くして主に仕えなさい。」と題してメッセージ。

神政から王政へと移行してゆく中でのサムエルの告別説教です。

神のお言葉を民に伝える働きを終えるにあたって民に心せよ、とサムエルが語る箇所です。

❶誰にも非難されない歩み

1節からサムエルは自分自身の生涯と奉仕の潔白を語り、もしもそのサムエルの歩みに非があると思うものは訴えでよと述べています。

そして王を求めた罪について、それによるリーダーシップの移行はサムエルの側の非でなく、それを求めた民にあるのだと語ります。


神でなく、人の王によって導かれることを求めた責任は民にあるのだと。


サムエルは、幼い頃から、悪にまみれたエリの息子たちの姿を見てきました。また自分の息子たちも賄賂を受け取るような不正に手を染める姿を見、心を痛めてきました。

そんな姿を見ながら、サムエル自身は自分を律して、その権力を濫用せず、主の前に誠実に仕え続けた。


そんなサムエルの姿を見ながら、私たちは自分はどうだろうかと省みることを気付かされ、

神様が一人一人を召され、愛され、立てられ、そして礼拝の民として集められていること。

またそこから、世に遣わされていること。世の人々にこの主を伝えるために、一足先に選び出されていることを思いました。


神が私の人生を握り、導いてくださる。ゆえに、私も最高のものをお捧げしたい。

献身ーそれは特別な牧師や伝道者のことのみでなく、全ての人に向けられたことであること。それぞれに各々の働き・持ち場がありそこで精一杯主に捧げ、主の栄光のために生きる。


終わりの時に、「主と共に歩んだこの人生に悔いなし。」そのように言える人生とされたい。そう願わされたことでした。


❷神は民にご自身との正しい関係を求めておられる。

7節から18節においてサムエルは、民に対して神様がどんな方であるかを思い出させるために過去の歴史を用いて説明しています。


奴隷として苦しんでいる民を、モーセやアロンを用いて、エジプトから脱出させてくださったのは神であったこと。

紅海を渡らせて民を助けてくださり、民はそのようなことを体験する中で、歓喜してこの生ける力ある主を礼拝し心からの賛美を捧げたこと。

しかし旅を続ける中で、民はそんな神様の愛や力、恵みを忘れ、不平・不満ばかり口にしていたこと。


神様はそんな民を憐れみ、マナを降らせ、水を与え、肉を与え、養い続け

さらには民のために士師を起こし、いつも窮地に叫び求めると答え続けてくださった方であること。


それまでの過去の歴史は、神が守ってきてくださった歴史であることを説明するのです。


こんなにも憐み深い神なのに、その神に対して、あなた方は、次は「王が欲しい。」と叫ぶ。目に見えない神よりも、目に見える人である王によって治めてもらいたいのだという。


神様はその民に対して、怒られ裁かれることをせずに、そう望む民の思いまで下ってくださって、人間の王が彼らを統治することをお許しになった。神というお方は、

人を憐み、人のレベルまでご自分を下らせてくださるお方なのだとサムエルは語るのです。


14節において、サムエルはいいます。

「王政がこれから始まるが、決して過信してはならない。王が立てられることに救いがあるのではない。その背後にある神があなたがたを支えてくださるのだ。もしこの神に従わないなら、あなた方に災いが下るであろう。」と。そのしるしとして雷と雨が降るであろうと続きます。



イスラエルでは雨季と乾季があり、この小麦の刈り入れ時の6月中旬から末にかけては、雨など降らない時期でした。5月に雨季は完全に終わっているからです。そんなことは起こりえないと民は思ったことでしょう。

ところが、サムエルが祈ると、そこに雷と雨が下り、民は恐怖に慄きます。


民は神の怒りに気づきます。そして悔い改めへと導かれるのです。

私たちもまた、この神を畏れ、神の御前に悔い改め誠実に仕えることに心を向けたいです。霊の鈍感さがあります。しかし、神は決して侮られるようなお方ではない。

脅迫などされないお方ですが、私たちが神と正しい関係に戻ることを切に求めておられる方であることを覚えたいです。


❸主に仕えることにエネルギーを使いましょう。

恐れ叫ぶ民に向かってサムエルが語ったことは、「恐れてはならない。」(20節)でした。そして「主に従う道から外れず、心を尽くして主に仕えなさい。」というのです。


私たちは、恐れることにエネルギーを使うのはなく、神に仕えることにエネルギーを使う必要があること。


神様は私たちの足りなさ、愚かさ、弱さをよくご存知で、そこに気づきを与え、悔いあらために導いてくださる。そして豊かに赦し、立ち上がらせてくださるお方であること。



全部ご存知の神様が、「あなたと共に生きるよ」といってくださった。

自分の罪や弱さを数えて、それを、責め続けてそこに時間を使っていくのではない。

こんな私さえも愛し、用いようとしてくださる神様を信じて、さらに踏み出してゆく必要がある。


弱い私をどうか主よ。あなたのご計画のために用いてください。

そのように祈らされたことでした。

今週の歩みが、この神様を仰ぐ日々となりますように。




CSは、新聞じゃんけんや、長い長い🐍蛇さん作りに挑戦。工作では、カエルさんを作って、ぴょんぴょん跳ばせて遊びました。そのうちにマッキーペンを立てて、カエルさんボウリングを展開し、その遊びの発想に感心。一緒にワイワイみんなで遊びました。

お話は、第一サムエル記7章から。

偶像を捨て去り、神様を私の僕の一番とすることが祝福であることを学びました😍


暗唱聖句は、「悔い改めなさい。天のみ国が近づいたから。」マタイ3章2節


父の日制作の栞を教会のお父さんたちにコーヒー付きでプレゼントしました。

いつもありがとうございます❣️


二時から四時まで教会の駐車場にてフードバンクが行われました。新鮮野菜が沢山あって喜ばれています。感謝です。😍




「あなた方は以前は闇でしたが、今は主にあって光となりました。光の子どもとして歩みなさい。あらゆる善意と正義と真実のうちに、光は実を結ぶのです。何が主に喜ばれることなのかを吟味しなさい。  エペソ5章8ー10節」聖書

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